
| 『西アフリカのジャングルに暮らして』 |
例会プログラム 2003年9月19日
北北海道大学 名誉教授 橋本 信夫
山名GSE委員長さんから、アフリカにまつわる気軽な卓話を、ということで気軽に引き受けましたが、相手は広大なアフリカのこと、なかなか話の筋がまとまりません。
1972年、札幌医大を退職して米国に移住し、ニューヨーク血液センターで血清肝炎ワクチン開発プロジェクトに参加していました。1975年に世界最初の血清肝炎ワクチンが完成したものの、この安全性や有効性の確認にはチンパンジーによる実験が不可欠となり、私が西アフリカに派遣されることになりました。こうして1975年暮れ、家内と娘2人(小5と小1)を連れて約2年間、西アフリカのリベリア共和国のジャングルでチンパンジー相手に暮らすことになりました。しかし、都市生活に馴染んだ家族にとって、熱帯アフリカの辺境での生活は想像を絶するもので、次々に起こる悪夢のようなハプニングと闘いながら、厳しい風土に適応し安定した生活を築き上げるまでの体験は、ワクチンの開発以上に強烈で貴重なものとなりました。
リベリアでの居住は首都モンロビアから車で1時間半離れたジャングルの一軒家で、電気はあるものの新聞、電話、テレビがなく、また娘たちは学校に毎朝5時に起きて車で通わなければなりません。命の綱の電気は落雷で頻繁に停電しますし、食材補充の保証もなく、また交通事故、乾期の渇水、病期、衛生問題、毒蛇や害虫、自然災害などの対策に、毎日とてつもないエネルギーが必要でした。しかし近くの部落を行き来するうちに顔見知りが増え、また病人やけが人に応急処置を施すなどのサービスで部落民の信用がつき、村の様子が次第に分かるようになります。こうして友好関係を築きながら、それぞれの部落の生活ぶりを調べるうちに、どの部族も自然と一体化した大変豊かな伝統文化をもっていることがわかってきます。またその多くが、日本人と共通する森に根ざした自然観や精神文化をもっていることに気付きます。
そして今、この良きアフリカの部分を日本に紹介することが、アフリカに住んだものの義務のように思えてなりません。
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