
| 『時間と人生をめぐって』 |
例会プログラム 2003年6月6日
教育評論家 松尾 つよし
この辺りは私の幼少時代の縄張りでございまして、二条市場や狸小路付近で生まれ育ち、豊平川でよく水泳をしたものです。
私のような阿呆というか面白いというか辛い人生というか、色々なことをやった人間はそういないのではないかと思います。15の職業を経験しました。
国税局に入ったのが18歳でした。札幌税務署の勤務で、差し押さえという業務に馴染めず、札幌市役所の試験を受けました。ここにしばらくおりましたが、学芸大学を受験するという友人がおり、一緒に受験しました。何故か私が合格し、彼は不合格となりましたが現在市役所で大出世を遂げており、人生とは不思議なものだとつくづく感じております。
教員となって最初に静内町に赴任しました。ここは本当にいい町でした。4年後に札幌へ戻ってきましたが、札幌の先生方は上ばかりみており自分の考えと合わず、ノイローゼになって辞めてしまいました。その後印刷屋、保険屋、セールスなど様々な職業に就きましたが、騙されたりしてなかなかうまくいきませんでした。
馬鹿みたいなことを随分しましたが、今考えると人生でマイナスの経験というのは、大切なものだと思います。自分が辛い思いをして、借金をして・・・という人間でないと、本当に困っている人間を助けられないのではないか、と思います。
余命余話というお話を、以前に幕別町でさせていただきました。昔すべての生き物に神様が30年の寿命を与えたのですが、ロバや猿や犬が要らないといって神様に返した余命を、30年では足りないという人間が全部もらって70年の寿命になったというお話です。
老人会の方々が傍聴されており、終演後、70歳を過ぎた我々はどうしたらいいのか?と尋ねられました。これにはまだ続きがあります。神様は怒って勝手にしろと人間に言いました。そして人間は更にかげろうから30年をもらいました。かげろうは生まれて直ぐに死んでしまうので、まるまる30年残っていたのです。ですから、人間は70歳を過ぎたら勝手に好きなことをやって生きていいんです。と答えました。
しかし、人のために生きると、自分の中に眠る無限の可能性を開く遺伝子のスイッチがオンになるのだそうです。これは筑波大学の村上先生という方の有名なお話です。
“時間”のお話ですが、時間にはニュートン時間とベルムゾン時間という2種類があるそうです。ニュートン時間は通常使われる時刻のことですが、ベルムゾン時間というのは、何かに集中すると2時間や3時間がアッという間に経ってしまうことです。
結局、人生というのは、人のために尽くしたり自分の好き勝手なことに熱中したりして、それが世の中と繋がっていると、2倍にも3倍にもベルムゾン時間で生きられるのです。
有名でお金持ちの女優が貧しい役柄を演じるように、人間は本当は素晴らしいものをもっているのですが、仏教でいう“仏性”キリスト教でいう“聖なる”ものを、みんな自分の中に持っていて、様々な経験をしているんだとつくづく考えています。
時間になりましたので、これで終わらせていただきます。ありがとうございました。
|
|
|
|